耳をすませば

最近めっきり寒くなってきました。
みなさん風邪など引かぬようお気をつけ下さい。
近文家は1週間ほど前に、すでに風邪ウィルスの魔の手に落ちました・・・。
地域によっても違うでしょうが、近文の住むところは、夏は猛暑で冬は極寒・・・。
この時期は、昼間と夜の気温差が激しいため、風邪を引きやすいです。
昼間暖かいからと油断して、薄着で出かけると、夜帰りに痛い目を見ます。
それが季節の変わり目は風邪を引きやすいという仕組みですね。

秋の風物詩と言えば、虫の声があげられます。
しかし虫は声を出しているわけではなく、翅を震わせて、あるいはこすり合わせて音を出しているので、虫の音と言ったほうが正しいかもしれません。
ところが日本には、「虫の声」という表現もなされます。なぜでしょう・・・。
また、日本には擬音語・擬態語があります。ところが海外には、少なくともアメリカには、日本のそれにあたる言葉が無く、怪談話で有名な小泉八雲が、外国人であることは有名ですが、八雲に、彼の妻・小泉節子が日本の怪談を教えた時、訳に困ったのだそうです。怪談話には擬音語・擬態語は必須ですからね。
虫の音も、他国ではノイズと解釈されているようです。風流だなんて言うのは日本くらいなようです。

日本という国は、あらゆるものに季節を見出し、言葉にしてきました。季語です。
そして何気ない物に意味をつけ、感動を生みます。
それらは本来、人が捉えているような文学的な意味を持たず、生物学的な意味を持っています。しかしそこに、情緒や感動を見て、詩や物語、歌にしてきました。
それらは意味を「持っている」のではなく、人の感性によって「持たされる」のです。
虫の音を「声」と言うのも、人がそう聞くからこそなのです。
今も耳をすませば、古の時代の人々も聞いたであろう歴史の声が、草むらから、木の上から、聞こえてはきませんか?
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by kinbun-r | 2005-11-05 15:20


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