リアルとネット

オンライン上で人と交流を深めると、その中でよく「リアル」と「ネット」という言葉で区別されます。リアルとは、インターネット上でのこと以外の日常生活を指し、ネットとはゲームを含むネット上の活動を指します。これは普段の会話で出てくるものではなく、ネット上での会話中、それを区別するために使います。

しかし近文は、この区別の仕方がよくわかりません。というより納得できない部分があります。みんなが使う言葉なので、「ゲームでのことではない」ということが伝わりやすいため、近文も使ってはいますが、個人的にはあまり好きではない分け方です。
そもそもそこで言うリアルとネットとは、別のものでしょうか?ネット上の生活や付き合いも、私にとってはリアルです。「ネット」で知り合った「リアル」な友達です。

一時期出会い系サイトを利用した犯罪が横行しました。模倣犯も数多く出没し、世間を震撼させました。そこで言われていたのは、顔も見えない、どこの誰かも分からない相手と一人で会うのは危険であるということ。果たしてそう言えるのでしょうか。それなら顔を知った人と一人で会うのは、必ずしも安全と言い切れるのでしょうか。こればかりは個人の考え方なので、こうだと言い切ることはできませんが、近文は、それは少し間違っていると思います。
顔が見えるから安全っていうのは、意味が分からないというか・・・。それでは、犯罪すべてにネットが関わっているのかというと、そうでもありません。

また、何かの事件があると、警察ないしメディアは、周辺住民に加害者の印象を聞きます。そこでよく聞くのは、「まさかあんなことをするような人だとは思わなかった」「大人しくてとても優しい人だった」などです。顔を見ていても、しばしばその印象とはかけ離れたことを起こすことがあるようです。それでも、「顔が見えない、どこの誰かも分からない人」=「危険」と言えるでしょうか。

近文は「リアル」と「ネット」を区別していません。
いくら顔も知っている話したこともある「リアル」の知り合いでも、付き合いが浅ければ信用し切れませんし、「ネット」の知り合いでも、長く付き合っていく中で、信用し、信頼しあって、お互いを認めることができます。そう考えれば名前や住所や電話番号などのいわゆる個人情報を教えたりするのも、実際に会うのも、「リアル」でそれが普通であるように、危険なことなどではなく、至極普通のことだと思うのです。

またネット上では、文字のみの交流になります。ゲームではキャラクターの行動などもありますが。そこで肝心なのは、文字だけだから自分を装うことが出来る、だから信用できないと考えること。それは間違っているように思います。
文字だけの交流だと、自分に危険は及びません。だからこそ、自分を包み隠さず、ありのままを出せると思うのです。リアルでは、対人関係やその場の空気など、色々なことを考えてものを言うし、態度も変わります。しかしネット上では、それが多少なりとも少なく、その人の本質が見えてくる気がします。

以前ハンゲームというオンラインゲームをしていたとき、そこで知り合った友達同士が実際に付き合いだしたこともありましたし、私が知らないだけで、きっと結婚まで行った人たちもいるでしょう。でもそれは、まったく変だとは思いません。文字からお互いの本質を見て、惹かれあったからこそでしょう。その二人はとても幸せそうでした。

「どうせネットだし」「所詮文字だけの世界だし」ではなく、だからこそ相手の本当の姿が見えると思うのです。しかしそれは、あくまでも近文の考え方です。それを人に押し付ける気はないし、それが間違いなく正しいと思っているわけでもありません。ただ近文は、「リアル」「ネット」と区別するのはおかしいと思うだけです。「ネット」とは「リアル」の一部なのです。ネット上の付き合いも友達も生活も、私にとってはリアルで、かけがえのないものです。
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by kinbun-r | 2005-11-06 13:57


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