いろは

いろは歌は、日本に古くからある今で言う五十音です。
近文は講義で、いろは歌の暗号について教わったことがあり、それを聞いて背筋の寒くなる思いをしたのを覚えています。
その暗号とは、いろは歌を1列7文字で改行し、7段に分けて書くと現れるものです。
   いろはにほへ    (色は匂えど)
   ちりぬるをわ    (散りぬるを我が)
   よたれそつね    (世誰ぞ常な)
   らむうゐのお    (らむ宇井(有為)の奥)
   やまけふこへ    (山今日越えて)
   あさきゆめみ    (浅き夢見じ)
   ゑひもせ(ん)   (酔ひもせず)
各々の段の最後の文字を順に読むと、「とかなくてしす」です。これを漢字に変換すると、「咎無くて死す」となります。
この歌は、本来作者不明の歌なのですが、冤罪を着せられ死罪となった人が書いた歌と教わりました。柿本人麻呂の作品、または彼のことを詠ったものであるという説もあるようです。公に「お上」をバッシング出来なかった当時の世情が、こういった暗号を含む歌を作らせたのかもしれません。

ブラジルには、カポエラという格闘技があります。これが他のそれと比べて、非常にユニークなものです。音楽にあわせて、まるでダンスをしているかのような動きをします。この格闘技は、武器を持つことを許されなかった奴隷階級の人々が、奴隷主と戦うべく考え出されたものです。奴隷主に格闘技の訓練と気づかれないように、カモフラージュして出来た格闘技のようです。
カポエラに足技が多いのは、手かせをかけられていたためだそうです。

いろは歌もカポエラも、片や文学片や格闘技と、全く別の形ではありますが、どちらも当時の世情から生み出された知恵と思い訴えが込められています。今ではどちらも、「いろはかるた」や世界的な競技として広く愛されるものとなりましたが、そういった時代背景も関わっているのです。

いろは歌の前半の意味は、仏教の諸行無常と同じです。
「花々は咲き乱れ、良い匂いを放つけれども、いずれ散り行く。何人たりとも常に同じ姿で生き続けることなど出来ず、どんなものもそのままあり続けることは出来ない。」
これらの歴史の遺産も、いずれ記憶という形でしかのこらなくなり、それすらも消えるかもしれません。「我が世誰ぞ常ならむ」のです。
こうして近文は、いろは歌とカポエラの、歴史の暗い影を見たのでした・・・。
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by kinbun-r | 2005-11-10 19:32


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