幻想世界

さる人から「お化け」とお題をいただいたので、
今日はお化けについて語ります。

お化けと妖怪は、たびたび混同されがちですが、違います。
妖怪は化けて出るとか、実態が無いというものではありません。
火の玉も飛ばないし、墓地に良く出るわけでも、夜出るわけでもありません。
いたるところに現れ、時に人々をおびえさせ、時に人の役にたつ。
そんな人間味のある生き物です。

お題が「妖怪」ではなく、「お化け」であるため、お化けに絡めた逸話を。

近文は、某大手レンタルショップでアルバイトをしています。
かれこれ1年半ほど続けていますが、一度こんなクレームがありました。
家で借りたビデオがデッキに詰まったとのことです。
それ自体は少ないものではありません。
しかしその人の借りたビデオというのが・・・。

「呪われたビデオ」

ついてないとしか言いようがないですね・・・。
想像してみてください。家で呪いのビデオを見ようとしたらデッキに詰まる・・・。
確かに怖いですね^^;
心から同情します。

たまにテレビで、心霊写真などの特別番組や番組内のコーナーがありますが、
私は見るたび、そう見ようとするから見えるのではと思います。
近文、お化けの存在を信じないつもりですが、夜道を歩いていると、
後ろに誰かいるような気がしたり、お化け屋敷が怖かったり、
ホラー映画を観たあとでトイレに行くのが若干怖かったりというのは、人並みにあります。
となると、信じないというのはイコール信じたくない、あるいはあってほしくないという、
恐怖心からくるものではなかろうかと思います。

実際、お化けはいないと立証することは出来ないでしょう。
そういう意味では、お化けもいるのかもしれません。「いる」ではなく「ある」でしょうか・・・。
臨死体験なども、少ない話ではないし、私の祖父も昔火の玉を見たと言っていました。

人は、視覚に依存しています。
目に見えるものは、それだけで存在を肯定されます。
多くの人は、お化けを見たことがなく、ゆえに信じません。
しかし、お化けを見た「かもしれない」人は、信用するでしょう。
目の前にあるものが、もしも目の錯覚だったなら。
目の前にあるものが、実はまったく別のもの、あるいはそこになかったら。

お化けもまたそのような曖昧なものではないでしょうか。
いるけれど見えないのかもしれません。
視覚に依存した私たちは、その存在を否定しますが、
見える=ある 見えない=ない
という感覚さえ取り去ってしまえば、無いと言い切ることは出来ません。

実は、この世の中が存在しているのかも、自分自身や、あるいは自我というものが、
存在しているのかさえも、至極曖昧なものなのです。
この世の中そのものも、そこにあるものも、すべて幻想だったら、
あなたはどう思いますか?

映画鑑賞が趣味の近文。
ここで参考映画を挙げてみます。
有名なので見たことのある方も多いでしょう。
「アザーズ」「マトリックス」「シックスセンス」
是非ご覧ください。
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by kinbun-r | 2006-04-15 03:29


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